「仏教美術の名宝」(泉屋博古館) その声を聞け!

紀元前450年頃、仏教が生まれたインドでは当初、仏陀そのものの偶像を崇拝することを否定していた。 が、やがて2、3世紀頃にガンダーラ(現在のアフガニスタン東部からパキスタン北西部にかけて存在した古代王国)でギリシアやシリア、ペルシャなどの美術と出会い、仏教美術は始まった。  Buddhist Art特別展 仏教美術の名宝09/08(土)~10/14(日)泉屋博古館  同展ではガンダーラに始まる仏教美術から、 中国、朝鮮などの金銅仏(こんどうぶつ)(5~8世紀頃)、 そして日本独自に発展した12~14世紀頃の木彫仏や仏画の名宝が展示されている。   なかでも特筆されるのが、 「7世紀頃に朝鮮半島で作られたもの」、と昨年(2017)発表された 「菩薩半跏思惟像」(ぼさつ はんか しいぞう)(八瀬・妙傳寺所蔵)。 本像の研究はまだこれからだが、 「穏やかな容貌や細部まで入念に作り込んだ装身具の華やかさから、 古代金銅仏の中でも傑出した優品」、と外山潔・泉屋博古館上席研究員は語る。   妙傳寺の本尊として伝来した像といわれ寺伝では如意輪観音とされていたが、 大阪大学らの調査によりほぼ新発見であることが判明した。 667年頃の大津京時代、渡来人が多く住み大陸との交渉が活発だったことから 当時の渡来仏とも考えられている。   このほか、日本独自に発展した仏教美術である毘沙門天立像 などの木彫仏(平安~鎌倉時代)など傑作揃い。   国宝  「線刻仏諸尊鏡像」(せんこく ぶっしょそん きょうぞう)(平安時代)には 鏡面に釈迦や菩薩、如来などの集合尊が毛彫りで刻まれており、 見る角度を変えることで「鏡面の一瞬のきらめきの中に仏の姿を見出」(同展図録) すことができる。  9月7日特別内覧会が行われた。 小南一郎館長は 「人々の願いを具象化したものが仏教美術。 心の闇とそこからの救済、そして祈り。 仏教美術が我々に語りかけてくる その声を聞いて頂ければ・・」と挨拶の中で述べていた。  


  ☆ 金銅仏(こんどうぶつ) = 青銅に鍍金(金メッキ)を施した仏像を金銅仏という。日本では6世紀半ばに百済から初めて献上された仏像がこの金銅仏であったと伝え、これを見た天皇は「仏の相貌瑞厳(きらきら)し」と感嘆したという。まばゆい光を放つ神秘的な金銅仏が、仏教の伝播拡大に大きな役割を果たしたことを示す逸話である。 (泉屋博古館の同展図録より)


☆ 妙傳寺(みょうでんじ) = 1616年(元和2年)八瀬童子の菩提寺として創建した。近くには古くから念仏堂があったが、1992年(平成4年)老朽化により解体した。念仏堂に祀られていた仏像や位牌は、妙傳寺に移された。当寺の本尊である半跏思惟像は江戸時代の作と考えられていたが、大阪大学や東京国立博物館の研究者が鑑定したところ、像の様式や金属組成が6世紀から7世紀ごろに朝鮮半島で作られた仏像や出土品の特徴と一致するとの見解が、2017年(平成29年)に発表された。 (以下、ウィキペディアより)


☆ 弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつ はんか しいぞう) = 仏像の一形式で、台座に腰掛けて左足を下げ、右足先を左大腿部にのせて足を組み(半跏)、折り曲げた右膝頭の上に右肘をつき、右手の指先を軽く右頰にふれて思索する(思惟)姿の弥勒菩薩像である。日本には大陸より6世紀から7世紀の弥勒信仰の流入と共に伝えられ、飛鳥、奈良時代の作品が多く残されている。


☆ ガンダーラ美術 = ギリシャ、シリア、ペルシャ、インドの様々な美術様式を取り入れた仏教美術として有名である。開始時期はパルティア治世の紀元前50年-紀元75年とされ、クシャーナ朝治世の1世紀~5世紀にその隆盛を極めた。インドで生まれた仏教は当初、仏陀そのものの偶像を崇拝することを否定していたが、この地でギリシャ文明と出会い、仏像を初めて生み出した。インドをはじめ、中国や日本にも伝わり、また大乗仏教も生まれた。「兜跋(とばつ)毘沙門天像」という頭に鳳凰のついた冠をかぶった像が存在し、毘沙門天の起源がギリシア神話のヘルメース(ローマのメルクリウス)であるという説がある。5世紀にはこの地にエフタルが侵入し、その繁栄は終わりを告げた。


☆ 仏教(ぶっきょう、旧字体: 佛敎、サンスクリット: बौद्धधर्मः 、英語: Buddhism) = インドの釈迦(ゴータマ・シッダッタ、もしくはガウタマ・シッダールタ、ゴータマ・シッダールタ)を開祖とする宗教である。キリスト教・イスラム教と並んで、日本では出版点数の多い宗教の一つに数えられる。仏陀(仏、目覚めた人)の説いた教えである。
その教義は、苦しみの輪廻から解脱することを目指している。原因と結果の理解に基づいており、諸々の現象が縁起するとされる。
仏教は仏、その教えである法、その実践者である僧からなる三宝を中心に組織されている。実践における戒定慧の三学は、戒律、心を集中する禅定、ものごとの縁起を観察する智慧であり、後ろ二つは併せて止観とも呼ばれる仏教の瞑想法である。実践にて重要となる能力は六波羅蜜や八正道のように、いくつかの方法でまとめらている。紀元前450年ごろに、インドで開始された仏教は、今では初期仏教として研究されている。釈迦は、他の苦行などの実践者の主張であるアートマン(真我)の存在を否定して無我とした。釈迦の死後数百年で部派仏教が生まれ、大きく大衆部と上座部とに、さらに細かく分かれたが、今なお大きな勢力として続いているのは南伝した上座部仏教であり、初期の教えを模範としている。紀元前の終わりごろには北伝し日本にも伝わることになる大乗仏教が開始され、教義や団体は多彩に発展しており、禅の瞑想法の様々、チベットや日本の真言宗に残る密教、一方で浄土信仰のような信仰形態の変化など多様である。『日本書紀』によれば仏教が伝来したのは飛鳥時代552年(欽明天皇13年)である(日本の仏教)。


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