「東山魁夷」その静寂と力強さに気圧されて

生誕110年 東山魁夷展

2018/08/29(水) ~ 10/08(月・祝)

京都国立近代美術館

戦争や肉親との別離などの苦難を経て、
戦後、第3回日展で特選を得た「残照」(1947年、39歳)から、
絶筆となった「夕星」(1999年、91歳)まで、
東山魁夷の代表作が、ほぼ年代順に展示されている。
「生誕110年 東山魁夷展」では、
魁夷の世界にどっぷりと浸ることができる。

尾崎正明茨城県近代美術館館長は『東山魁夷展図録』の中で、
「心象風景。風景を借りた心のかたち、作品は
    東山魁夷の自画像といえるのかもしれない」(「東山魁夷の旅」)。

また、小倉実子京都国立近代美術館主任研究員は、
「どこかで見たことのある風景との心温まる再会、
 そしてそこに重ねられた東山の『祈り』との静かな対話が、
 それぞれの作品の前で行われること、
 それが、この画家の求めたものなのでは」
と述べている。(同図録「東山魁夷の芸術 ー 描くことは祈ることです」)。

東山魁夷の鑑賞に、これ以上の手助けとなる言葉はない。
しっかり銘記しておこう。(詳しくは同図録を!)

今回の展覧会では、さらに嬉しいことに、
唐招提寺の障壁画(襖絵など)68面が一堂に展示されている。
柱や鴨居、長押、床の間も再現され臨場感満点。

水墨画の「黄山暁雲」(こうざんぎょううん)、
「桂林月宵」(けいりんげっしょう)はじめ、
彩色の「濤声」(とうせい)、「山雲」(さんうん)など、
ほぼモノトーンなのに何という迫力だろう。
その静寂と力強さに気圧される。
(写真では優しそうなオッチャンなのに、なんてオッサンなんだ!)

現在、唐招提寺の御影堂(みえいどう)が修復中であることから、
展示可能となった。こんな機会は滅多にないこと。
決して見逃してはいけない。

このほか、京洛四季の習作やスケッチなども展示されている。(一部入れ替えあり)。
スケッチと言えど、そこは魁夷、並のスケッチじゃないことは言うまでもない。
宮内庁収蔵の「萬緑新」(Draped in Fresh Green)
(努力不足で読み方不明。)
へとつながるものだ。

8月28日、「東山魁夷展」プレス内覧会が開かれた。
夕刻の開会式には唐招提寺・西山明彦(みょうげん)管長、
京都市美術館・潮江宏三館長らが隣席。
京都国立近代美術館・柳原正樹館長らが挨拶を述べた。

これほどの展覧会なのに開催期間はわずか41日間。
行ける時に何度も行っておかねば。

(普段は館内撮影はできませんので、ご注意を!)


☆ 東山魁夷 = 1908年(明治41年)7月8日 ~ 1999年(平成11年)5月6日。
日本の画家、著述家。昭和を代表する日本画家の一人。
・・戦後、1947年の第3回日展で「残照」が特選を得たことが転機となり、
以降、風景を題材に独自の表現を追求した。
1950年に発表した「道」は、前方へとまっすぐに伸びる道それだけを描く作品で、
単純化を極めた画面構成に新機軸が示されている。
・・1970年代には約10年の歳月をかけて制作した奈良・唐招提寺御影堂障壁画「黄山暁雲」は畢生(ひっせい)の大作となった。千変万化する山の姿を墨の濃淡を使い分け、鮮やかに描き出した。
東山は黄山を「充実した無の世界」と表現した。
混沌とした自然の移ろいにあらゆるものを生み出すエネルギーを感じ取った。
この計画を手がけたことにより国内での知名度と人気はさらに高まり、
国民的日本画家とも呼ばれるようになった。


☆  御影堂障壁画  = 東山魁夷筆。足かけ10年以上にわたり、作者が日本と中国の各地でのスケッチを基に制作したもので、鑑真に故郷中国と日本の風景を奉納し、御霊を慰めるという趣旨で描かれたものである。中国の安徽省にある黄山の幻想的な風景を墨だけで写し出している。東山は生前「黄山を見れば、あらゆる山水画の技法がそこから生まれたことがわかる」と語っている。御影堂の南側は東の「宸殿の間」に『濤声』16面、西の「上段の間」に『山雲』10面(床の間、床脇、天袋含む)を描く。これらは彩色画で、日本の海と山の風景を表し、1975年に完成したものである。御影堂の北側は、鑑真像の厨子がある「松の間」に『揚州薫風』26面、西の「桜の間」に『黄山暁雲』8面、東の「梅の間」に『桂林月宵』8面、これらは水墨画で、鑑真の故郷揚州を含む中国の風景を表し、1980年に完成したものである。厨子内壁には『瑞光』(1981年作)を描く 。


☆ 唐招提寺 = 奈良市五条町にある鑑真が建立した寺院。南都六宗の1つである律宗の総本山である。本尊は廬舎那仏、開基(創立者)は鑑真である。井上靖の小説『天平の甍』で広く知られるようになった中国・唐出身の僧鑑真が晩年を過ごした寺であり、奈良時代建立の金堂、講堂を始め、多くの文化財を有する。唐招提寺は1998年に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されている。(以上、ウィキペディアより)

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