「信楽ICは宝の山だった!」『紫香楽宮と甲賀の神仏』(7/27-9/1) (MIHO MUSEUM)

夏季特別展Ⅱ
紫香楽宮と甲賀の神仏 」
(しがらきのみや と こうかのしんぶつ)
ー紫香楽宮・甲賀寺と甲賀の造形ー
7月27日(土)~ 9月1日(日)

MIHO MUSEUM


考古学って、まるでジグソーパズルのようなものだ。


「新名神」高速道路が造られ始めた頃、
80年代から発掘調査は続いていたのだが、
今の「信楽IC」(しがらきインターチェンジ)近辺で、
さらに大量の土器や礎石、木簡などが見つかった。


それから十数年、発掘調査は進められ、
その小さな破片を組み合わせ、繋ぎ合わせ、
足りない部分は想像力や、
恐らく空想や妄想をも総動員しながら組み立てていき、
史跡 紫香楽宮(しがらきのみや)跡 はじめ、
宮町遺跡、新宮神社遺跡、鍛冶屋敷遺跡などなど、
かつて栄えた遺跡群の全体像が浮かび上がってきた。
7月26日、MIHO MUSEUM(ミホ ミュージアム)で
プレス内覧会が開かれた。

「いよいよ、その全貌が見えてきた」と熊倉功夫館長。
信楽地域の本格的な発掘調査では、
巨大な釣鐘の一部や、万葉集に関係する木簡など、
膨大かつ貴重な資料が見つかった。
その発掘の成果により、
「長く謎に包まれていた」紫香楽宮の全貌が
ついに垣間見られることになった。

「紫香楽宮は短命だったが、その影響はその後にも、この地域に残された。
神道(しんとう)との関係も深く、仏像や神像、木簡や写経など、
奈良から平安時代にかけての、
日本でも珍しい文化の流れを見ることができる。
それは、この地域の『信仰の遺産』とも言える。
本展では、お寺からの展示も多く、興味深い。
一つひとつが、ユニークなものばかり」。

今回の展覧会では、市や教育委員会の協力を得て、
小中学生にも分かりやすい「説明書き」が
随所に貼り付けられている。
「若い人たちに、かつて信楽にこうした文化があったことを
見てもらい、知って頂き、地域の誇りを感じとってもらいたい」
と熊倉館長。
高梨純次秀明文化財団参事の解説を受けながら
内覧会が行われた。

高速道路でミホミュージアムに一番近いのが、信楽IC。
その設営のおかげで、
「通勤がすごく楽になった(笑)うえに、貴重な資料も発掘された。」
と喜ぶ高梨参事は、
「奈良に都が移った後も、
その後造営された石山寺や金勝寺(こんしょうじ)などに見られるように、
仏教や神道の文化は、ここ信楽の地で育まれてきた。
信楽地域の文化を、より深く知って頂ければ」
と期待する。



☆ 紫香楽宮(しがらきのみや、信楽宮)= 奈良時代に聖武天皇が近江国甲賀郡(現在の滋賀県甲賀市)に営んだ離宮。のちに「甲賀宮(こうかのみや)」とも。


☆ 聖武天皇(しょうむ てんのう)= 701年(大宝元年) – 756年6月4日(天平勝宝8年5月2日))は、日本の第45代天皇(在位:724年3月3日(神亀元年2月4日) – 749年8月19日(天平勝宝元年7月2日))。
名は首(おびと)。 尊号(諡号)を天璽国押開豊桜彦天皇(あめしるしくにおしはらきとよさくらひこのすめらみこと)、勝宝感神聖武皇帝(しょうほうかんじんしょうむこうてい)、沙弥勝満(しゃみしょうまん)とも言う。文武天皇の第一皇子。母は藤原不比等の娘・宮子。


☆ 良弁・良辨(ろうべん、りょうべん)僧正= 持統天皇3年(689年) – 宝亀4年閏11月24日(774年1月10日))は、奈良時代の華厳宗の僧。東大寺の開山。通称を金鐘行者といった。


☆ 石山寺(いしやまでら)= 紫香楽宮から貴族の邸宅が移築されるなど、この宮に関わる活動の記録が残されています。 =滋賀県大津市にある東寺真言宗の寺院。本尊は如意輪観音、開基は良弁。西国三十三所観音霊場第13番札所となっている。


☆ 甲賀寺(こうかでら)= 近江国甲賀郡の紫香楽(しがらき、信楽)にあった古代寺院(廃寺)。寺跡は滋賀県甲賀市信楽町黄瀬・牧地区に推定される(国の史跡「紫香楽宮跡」内裏野地区)。 奈良時代に聖武天皇により、紫香楽宮(信楽宮/甲賀宮)と並行して総国分寺として造営が計画された寺院である。紫香楽宮廃都に伴い、近江国分寺に転用されたとする説が有力視される。


☆ 金勝寺(こんしょうじ)= 滋賀県栗東市荒張にある天台宗の寺院。山号は金勝山。本尊は釈迦如来。開基は良弁と伝える。古くは大菩提寺と称し、湖南地方の仏教の一大拠点として栄えた大寺院であった。


☆ 甲賀(こうか)の地= 神仏への信仰に関わる優れた造形が生み出され、豊かな宗教文化が築かれていきました。


☆ 天平文化(てんぴょうぶんか)= 時期では8世紀の中頃までをいい、奈良の都平城京を中心にして華開いた貴族・仏教文化である。この文化を、聖武天皇のときの元号天平を取って天平文化と呼ぶ。


☆ 神仏習合(しんぶつしゅうごう)= 日本土着の神祇信仰(神道)と仏教信仰(日本の仏教)が融合し一つの信仰体系として再構成(習合)された宗教現象。神仏混淆(しんぶつこんこう)ともいう。明治維新に伴う神仏判然令以前の日本は、1000年以上「神仏習合」の時代が続いた。 (以上、ウィキペディアより)


☆ 神祇(じんぎ)= 天の神と地の神。(難読語辞典) 日本の神々。別名 天神地祇(歴史民俗用語辞典)


☆ 関津遺跡(せきのつ いせき)= 大津市関津は、瀬田川に信楽から流下する大戸川が流れ込む少し南の東岸にある大きな遺跡です。(「 紫香楽宮と甲賀の神仏 」展『図録』より。)



テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました