時宗の名宝、一堂に(京都国立博物館)

特別展 時宗二祖上人 七百年御遠忌 記念
国宝 一遍聖絵と時宗の名宝
2019年4月13日(土)~ 6月9日(日)
京都国立博物館

前期:2019年4月13日(土)~ 5月12日(日)
後期:2019年5月14日(火)~ 6月9日(日)
(※会期中、一部の作品は上記以外にも展示替あり。)


踊り念仏で知られる時宗(じしゅう)という宗派を開いた一遍(いっぺん)さん(1239~89)。 念仏をとなえることで誰もが往生をとげられると説き、全国を行脚して、念仏札を配り、布教につとめました。

この時宗を大きく発展させたのが二祖(にそ)の真教(しんきょう)さん(1237~1319)でした。
この真教さんの七百年遠忌が2019年に迎えることを記念して、時宗の名宝を一堂に展示する京都で初の展覧会が京都国立博物館で開催されています。

同展では、全国各地を遍歴した一遍さんの生涯を描いた国宝「一遍聖絵(いっぺんひじりえ)」(清浄光寺蔵)をはじめ、真教さんの足跡もつづられた「遊行上人縁起絵(ゆぎょうしょうにんえんぎえ)」、そして歴代祖師の肖像画や肖像彫刻など、時宗の名宝の全貌、130点あまりが紹介されています。

なかでも、日本を代表する絵巻であり、中世の歴史を語る上で最も重要な作品の一つである国宝「一遍聖絵」は、全12巻全巻が公開されます。(前期後期で本物と模本が約半分ずつ入れ替えられて、前期後期とも全12巻が一挙に展示されます。全ての本物を観るためには前期後期の2回は行きましょう。)(模本とはいえ、明治・大正の、竹内雅隆筆による凄いものです。)

一遍聖絵とは正安元年(1299)、一遍さんの生涯を、高弟である聖戒(しょうかい)さんが著述し、幻の絵師とも言われる円伊(えんい)さんが絵巻にしたものです。
日本各地を巡る一遍さんの旅路の様子が、美しい風景や寺社、庶民たちの姿などを混じえて、緻密精密なタッチで描き著されています。

4月12日、内覧会があり、藤原紀香さん、竹下景子さんらも開会式に訪れていました。美しい人は後ろから見ても遠くから眺めても美しい。

記者発表会では佐々木丞平館長が展覧会の目玉を紹介、「特に聖絵は当時の様子がよく分かる。情報量がすごく多い」と述べ、淺湫毅学芸部連携協力室長は「音楽CDで言えば、ベストアルバムとニューアルバムが同時に発表されたようなもの」と新発見もある京都で初の時宗の総合展覧会であることを強調、井並林太郎研究員からは一遍聖絵の見どころが紹介されました。

一遍聖絵は2階の4室を使って展示されています。
絵巻のところどころに、半透明の薄い薄い緑の帯が流れていました。 国宝だけど、何せ古いものだから汚れているのかなと思ったら、どうも違うようです。
川なのか、風なのか、霞なのか。あるいは時と空間を超えるときに使う一つの手法なのでしょうか。 絵巻物をより荘厳にしています。

このほか、「毘沙門天立像」(京都・極楽寺)や、仏師・快慶の一番弟子・行快の作と言われる「阿弥陀三尊像」(京都・聞名寺)、そして阿弥陀如来立像(京都・正法寺)の頭部をCTスキャンし事前調査したところ、内部に舎利が納められた五輪塔があることが発見されるなど、見所いっぱいです。

 6月9日まで。


☆ 時宗(じしゅう)= 鎌倉時代末期に興った浄土教の一宗派の日本仏教。開祖は一遍。鎌倉仏教のひとつ。総本山は神奈川県藤沢市の清浄光寺(通称遊行寺)。

(編集部注:「時宗」としては異なる見解のところもあるようです。)
 

☆ 宗祖(しゅうそ)= 一つの宗教・宗派を興した人。開祖。祖師。

☆ 一遍上人(いっぺんしょうにん)= 延応元年(1239年) – 正応2年(1289年)は鎌倉時代中期の僧侶。時宗の開祖。

☆ 二祖(にそ)= 第二番目の祖。 / 二人の祖。などの意味あり。

☆ 真教上人(しんきょうしょうにん)=(尊称は、他阿上人、真教上人、遊行上人、大聖。)。他阿(たあ):嘉禎3年(1237年)- 文保3年(1319年)は、鎌倉時代後期の時宗の僧。遊行上人2世。正しくは他阿弥陀仏と称し、他阿と略する。法諱は真教。

☆ 一遍聖絵(いっぺんひじりえ)= 伊予国(現在の愛媛県)に生まれ浄土宗を修めたのち、新しく独自の宗旨である時宗を興した開祖一遍(遊行上人)を描いた絵巻。国宝。

☆ 遊行(ゆぎょう)= 仏教の僧侶が布教や修行のために各地を巡り歩くこと。空海、行基、空也、一遍などがその典型的な例である。「少欲知足」を主旨とし「解脱」を求める。

☆ 念仏踊り(ねんぶつおどり)= 念仏を唱えながら踊る日本の伝統芸能で、さまざまな様式で全国に分布している。踊り手と歌い手が分かれているものと、自ら念仏を唱えながら踊るものがあり、後者は踊念仏とも言う。

踊り手と歌い手が別れている念仏踊りの起源は、菅原道真が886年から889年の4年間、讃岐国司を務めた時に行った「雨乞いの踊り」とされ、翌年から村人達が感謝の意味で踊ったのが今に残るとされる。
「念仏踊り」となったのは1207年に法然上人が宗教上の争いから讃岐に流され、この踊りを見てセリフとして「念仏」を唱えるようにさせた事による。現在でも香川県綾歌郡綾川町滝宮では8月25日に「滝宮の念仏踊」が行なわれ、全国に残る「念仏踊り」のルーツとして国の重要無形民俗文化財に指定されている。
念仏を唱えながら踊るものは、平安時代に空也上人が始め、鎌倉時代に一遍上人によって広められたと言われ、空也念仏とも呼ばれる。

国の重要無形民俗文化財に指定されている念仏踊りには、前述の滝宮の念仏踊のほか、長野県下伊那郡阿南町の「和合念仏踊り」、京都の「六斎念仏」踊りがある。
(以上、ウィキペディアより。)

(DA PUMPは関係ありません。)


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