preview「岸田劉生 50作品に!」(京都国立近代美術館)

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「デロリ」ってなに? デロンギなら知ってるけど。
どうやら岸田劉生が誰かの絵画作品の論評に使った造語らしい。

劉生の「麗子像」や「舞妓図(舞妓里代之像)」などの筆致もそれにあたるようだ。
絵画の中に画家の内面を絞り出してくるような、おどろおどろしい描写にも観える。

京都国立近代美術館はこのほど、
その岸田劉生の、「デロリ」ばかりでなく、初期から晩年に至るまでの作品を大量に購入した。
その数29点、価格は総額十数億円という。
最近のニュースでは劉生の作品が1点1億数千万円だったから、「お値打ち」だった。
さらに同時に、13点の寄贈もあった。
所蔵していた東日本に住むその人は、劉生作品の海外流出や散逸を防いできたが今後の保存などを考え、京都国立近代美術館へ手放すことにした。

すでに同館が所蔵していた作品8点と合わせて、これで劉生作品は全部で50点となった。同館の目玉コレクションとなりそうだ。
これを記念してというか「お披露目」として、来年(2022)1月末から『岸田劉生と森村・松方コレクション』が同館で開かれる。同館が所蔵する岸田劉生の全作品も展示される予定。

それに先立ってこのほど報道発表会が行われ、同館の梶岡秀一主任研究員が劉生のプロフィールや劉生作品の見どころなどを紹介、所蔵作品の中から9作品が報道関係者らに公開された。

ちなみに劉生32歳~35歳の「京都時代」、劉生は南禅寺草川町に住み、借財を重ね茶屋遊びにのめり込む、という「一大放蕩児」だったらしい。その後心機一転、洋画を更に学ぶため欧州へ行こうとするも体を壊し、資金稼ぎのため松方三郎を頼って滞在していた中国・大連から急遽帰国、1929年、38歳で夭逝した。



☆ 岸田劉生(きしだ りゅうせい、男性、1891年6月23日 – 1929年12月20日)= 大正から昭和初期の洋画家。父親は新聞記者、実業家の岸田吟香。

☆ 森村義行(もりむら よしゆき、1896年6月4日 – 1970年11月3日)= 日本の実業家。学校法人森村学園理事長、財団法人森村豊明会第3代理事長、社団法人日本陶磁協会第2代理事長。 公爵:松方正義の十二男として生まれ、後に森村開作(7代目市左衛門)の婿養子となる。

☆ 松方三郎(まつかた さぶろう、1899年(明治32年)8月1日 – 1973年(昭和48年)9月15日)= 日本の登山家、ジャーナリスト、実業家。ボーイスカウト日本連盟第6代総長。共同通信社専務理事、東京ロータリークラブ会長。従三位勲一等。松方家第3代当主。 芸術にも造詣が深く、岸田劉生などへの支援を行った。
 <以上、ウィキペディアより。>


京都国立近代美術館

☆ 新収蔵作品の内訳
収蔵点数:42点 <内訳:購入29点、寄贈:13点>
作品形態:全42点中
◎ 油彩画:20点(うち1点は同じ板の表と裏に作品が描かれている。)
◎ 水彩・素描:12点
◎ 日本画:8点
◎ 版画:1点
◎ 彫刻:1点


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